感想文としては満点

演劇と言葉あそび

シアターテイメントの覆面座談会について真面目に考えてみた〜「ネタバレ」考

年明けに公開されたシアターテイメントNEWSが公開した演劇プロデューサーと演出家による覆面座談会の記事を読んだ(そもそも登場するAとAが大まかにでもどのような立場か明示していないのでどちらもプロデューサー兼演出家かもしれないし、その辺りのことはよくわからない。なぜ紫Aと青Aなのか?)。

個人的な感想としては、一理あるところもあるしアイデアとして面白い話も登場していたが飲み屋で忘年会をやっている時の話題の域を出ない話だなというのが最も強い。

問題と思える発言もあった。演劇を生で見ることの良さを伝えきれていないこと、作品(戯曲)の内容について広告宣伝媒体で触れてもらえず役者の魅力や役者同士の仲の良さを伝えるに止まってしまった記事になってしまう(これには制作側のメディア側へのアプローチが上手くないという面もあるだろう)ことについて、“結局アイドルのライブとやっていることが一緒だなあ”“傍からキャッキャしているところを見せられても、たしかにアイドルグループにしか見えません。”と表現するなど、アイドルやその活動内容についてあたかも中身のないエンタテイメントをやっていると勘違いした表現が目立った。

実際「アイドル的な」人気の俳優を集めて舞台の中身そのものを軽視されているように感じる方法で宣伝し、なんとかチケットを買ってもらっている。そういう実情は確かに無くはないのだろう。しかし立場を明らかにしていないせいで、(身バレするので)自身が行なっている施策については語られないまま「あーあ、もっと作品の質で客が呼べたらなあ」と管を巻いているようにしか読めなかった。

文中で気になったのは「ネタバレもなにもない」という言葉で、この言葉は2回登場する。

ひとつはライバルとなる他のコンテンツに比べて演劇がどのような点で劣っているかという話題の中で、公演が開幕するまでに舞台の詳細な内容が明かされていない事が多いとの問題点が挙げられた際。この指摘自体は尤もだが、漫画やゲームなどを原作とした2.5次元作品については既に作品が存在していて物語の顛末が世に出ているため「ネタバレもなにもない」から宣伝がしやすいのではとのこと。

もうひとつも宣伝方法についてで、開幕の前に冒頭の3〜5分ほどの映像や台本のすべてをインターネットで公開してはどうかというもの。これに関しては作品の内容がわかるという意味では「ネタバレ」と判断することが出来るためどういった意図で言ったのか解釈が分かれる。

1.内容を知りたい人だけアクセスできるような公開方法にするため知りたくない人にとってはネタバレにはあたらないため

2.演劇には「生の魅力」があるためストーリーを知っていたとしても魅力が損なわれないのでネタバレも何もない

少し脱線するが、私は以前ブログ(推しをレンタルした - 感想文としては満点)を投稿した際にお題箱に「作品のネタバレがあり残念だったので、注意書きして欲しい」とのお便りをいただいた。特に該当箇所の指摘があったわけではないので予想にはなるがブログ内にそこまで作品のことに触れた記憶は無かったため「推しと熱海旅行に行く際に『熱海殺人事件』の犯人大山金太郎の行動になぞらえて新宿で待ち合わせをした」と記述したのについて「犯人をネタバレされた」と感じたのではないかと考えている。

ただ、作品を知らない方に説明をするとこの『熱海殺人事件』は開幕した段階から犯人が判明している作品だ。配役表にも「犯人大山金太郎」とあるため、あらすじを読めばその事実は容易にわかる。そのため熱海殺人事件』の犯人は誰がなんと言おうとネタバレにはあたらないが、私が様々にエンタメを見ながらTwitterなどを観測している体感でいうと作品について少しでも情報を入れたくないという人は少なくないように思う。作品について一切知らないし調べもしないのに脊髄反射で「ネタバレされたから文句つけたい」という欲求が生まれうるくらいには。

実際、覆面座談会の記事の引用リツイートをウォッチしていたら「少しでも内容がわかるようなら観ない」とのコメントを見つけた。

察するに、作品を目にした時のファーストインプレッションを大事にしたい人がここまで過剰な「ネタバレをするべきではない」との考えを信奉しているように思う。それ自体が悪いこととは言えないが、他人にも同じ基準で「ネタバレ」をしないように求めるのは難しい話かと思う。

話を戻すと、「ネタバレ」の範囲が人それぞれであるということも含めて「ネタバレ」とは何かという議論の余地があるが、それはさておき仮に作品について一切の情報を入れたくないという方にとっては例え1の理由であっても「ネタバレも何もない」とは言えないのではないだろうか。インターネット上で多くの人に公開されているものについてSNSで一切触れるなというのもおかしな話であり無理がある上に、受け取り側の良心に依存するものなので。

次に2のパターンについて。座談会ではしばしば演劇の「生の良さ」について触れられているが、例えばミュージカルであれば俳優の生歌が聴けることだったり、そうでなくとも臨場感のある芝居が見られたり、もっと言うと劇場の空気感を味わえたり、逆に単に好きな俳優やキャラクターを目の前にした感動だったりといった「生の良さ」というのは連続性のない瞬間的な感動であるから、ストーリーがどうであれ損なわれるものではないように思う。

つまり、2でいう「ネタバレも何もない」というのは物語の顛末への興味関心以上に魅力的に思える「生の良さ」が演劇にはあるとAは考えているのではないか。

私もそのように考えているが、多くの人がそう考えるかというとどうだろうかと言わざるを得ない。これは個人的な偏見も入っているかもしれないが、Aが呼びたい「ライト層」こそ「生の良さ」にまだ気付いていない層であるから2のような考えには至らないのではないだろうか。とすると、「ネタバレもなにもない」とするのはどちらにせよ難しい話ではないか。

座談会の記事のリツイート先などを覗いてみると、他に指摘されていた内容としては以下の意見が多かったように感じた。

  • 客が来ないのを客に責任転嫁するな
  • 現在主にお金を落としているリピーターを軽視して新規客向けの施策ばかり行うな
  • 2.5次元作品に舞台ならではの表現を」とあるが余計な手を加えるな
  • ターゲティングや現状の把握が上手くいっていないのではないか
  • 客は飽きたらスマホを見るとあるが経験上多くの上演中にスマホを取り出すのは関係者席に座る関係者だ
  • そもそもつまらないし長い
「客が来ないのを客に責任転嫁するな」について

面白ければ客が来るというわけではないので「面白いものを作っているのに客が気付かずチケットが売れ残っているなんてけしからん」というのはビジネスとしては成り立たないわけで、演出家Aはともかく演劇プロデューサーAはそこまで考える職業だろうからこれはもっともな意見である。

「現在主にお金を落としているリピーターを軽視して新規客向けの施策ばかり行うな」について

客側のわがままな意見かなあと思う。

人によっては「これだけお金をかけたのにサービスが少なすぎる」と思うこともあるだろうけど、運営側がどういう方法を取ってもいいわけで。

もちろんそれを踏まえて客側も「私は切り捨てられたんだなあ」と思って見切りをつけてもいいし、それでもお金を落とし続けても良い。感情として割り切れるかはさておき、マーケティングとして間違っているかどうかはやってみなければわからない。

ただ、獲得した「ライト層」もいずれはコア層になり得ることを考えると古参客も新規客も楽しめるのが理想だろうから、運営は極端なことはせずに上手いことやるのが一番賢いだろうとは思う。

2.5次元作品に舞台ならではの表現を」とあるが余計な手を加えるな」について

これに関しては私は同意出来ない。

私は2.5次元の舞台化ならではの仕掛けや展開大いに結構だと思っている。そうでない作品もあっていいとは思うが、現状では「原作そのまま」であることを過剰に持て囃され過ぎているように感じている。

「原作そのまま」であることばかりを取り上げていると見栄えの完成度が高いコスプレショーに終始してしまうように思う。私は演劇として面白いものが観たい。そもそも「原作そのまま」でしかないのなら、2.5次元化などしなくても原作読んだりプレイしてれば良いから。

もちろん好きな作品だからこそ、好きなキャラクターが目の前に現れる喜びは何にも変えがたいし、逆にこだわりを持って愛していた原作の表現が捻じ曲げられて舞台上で表現されることもある。あの作品やこの作品……と頭に浮かぶほどには私自身にもそういう体験がある。

制作側にメディアミックスのノウハウを積み上げていってもらって、こちらはこちらで出されたものに対して正当に評価・批評して改善していき、2.5次元作品を(そうでないものも)より良いものに高めていくしかない。それが健全な制作側と観客の在り方だと信じている。

「ターゲティングや現状の把握が上手くいっていないのではないか」について

それはそう

「客は飽きたらスマホを見るとあるが経験上多くの上演中にスマホを取り出すのは関係者席に座る関係者だ」について

それはそう

「そもそもつまらないし長い」について

それはそう。

この記事も特に面白くないと思うので「なげーよ」と言われるかもしれない。

 

後編が公開されていないので何とも言えないところがあるが(公開する気はあるのだろうか)、本来の記事の趣旨であるらしい「もっと多くのお客様に劇場に足を運んでもらいたい」というのは制作側だけではなくこの記事に憤っていた多くの人の思いであるだろうし、業界全体のためにも上手く商売していってもらいたいものだ。

「ネタバレ」に比重を置いた記事になったのでそこに言及すると、個人的には「ネタバレ」容認派である上に、やはり演劇は「なんか面白いらしい」程度の認識で観に行くにはなかなかハードルの高い娯楽であるから業界としてある程度の「ネタバレ」は容認する向きになって欲しいとは思っている。文中にあった「冒頭だけ先に作り込んで公開」をしてくれればどれだけ周りに勧めやすくなるか。それこそ昨今の演劇業界には2.5次元ジャンルに流入した2次元界隈特有の空気だったりの事情も複雑に絡み合っているところがあるし、そうでなくとも演劇ファンが演劇だけのファンであることの方が少ない(少なくとも演劇の中での細かなジャンルの横断はあるように思う)しなかなかひとつの方向に向かうというのは難しいのかもしれないが。

逆に様々な制作・ファンがいる土壌があるのだから、それを活かして更に良い作品が出来たり豊かな鑑賞体験が出来るようになれば良いなと思う。