感想文としては満点

演劇と言葉あそび

「演劇ドラフトグランプリ」講評

 演劇ドラフトグランプリ開催、そして劇団ズッ友グランプリ受賞おめでとうございました。個人的な嗜好としては比較的小さい箱での舞台作品を好むタイプなので、新しい催しであることも含めて、どのように楽しめばいいのか?はたまたそもそも楽しめるのか?些か不安ではありましたが、ランタイムを揃えて続け様にそれぞれのチームの作品を観ることで新たな発見もあり面白い試みだったと感じました。

 作品に優劣を決めて観客も投票をする企画ということで、折角なので講評を書きました。

ID Checkers

演出・脚本:中屋敷法仁

テーマ:奇跡

タイトル:キセキの男たち

あらすじ:全球団からの一位指名間違いなしのバッターキヤマのライバルであるフウマ少年。ライバルとは言うものの彼にはちっとも勝利のイメージは湧かない。練習試合でも手を抜いてしまう。そんなフウマ少年の元に謎の青年が現れ、その言葉に惑わされることで、とうとうイップスに陥ってしまう。青年は何者なのか?フウマ少年は高校最後の夏をどう生きるのか?

 トップバッターということで「どんな作品が見られるんだろう?」と思いながら役者の登場を見守り、役者が台詞を話し始めた途端に中屋敷節全開で痺れた。執拗に韻を踏む、劇団柿喰う客のような台詞回しでありながらも、中屋敷法仁が生み出した言葉のペースに飲み込まれない役者もいるところに演劇ドラフトグランプリならではの化学反応があり面白い。

 選手・監督とは違った立ち位置にいた青年役の荒牧慶彦が演出に染まらない演技で作品世界に現れることで「演劇ドラフトグランプリ」ならではの仕上がりになっていたし、中屋敷演出色の強い冒頭とラストに対して良い中和剤になっていた。ネルケプランニングが絡んだ企画に相応しい爽やかな青春群像劇を選んだところに「やりたいこと」と「優勝を狙える構成」のバランスが考え抜かれたプレゼン力の高い作品だった。

 実際にボールを用いて最後の夏に全力で野球に打ち込む青春群像劇といえば、西田大輔作・演出の舞台「野球」飛行機雲のホームラン〜Homeran of Contrailを思い出すが、なにか意識しているところはあるのだろうか。

劇団『打』

演出・脚本:西田大輔

テーマ:りんご

タイトル:林檎

あらすじ:男は言う。「皆さんを誘拐する」。そして「声が聞こえるだろう」と。やがて分断された「4つの国」が林檎を持ちて、それぞれの方法で世界をひとつにまとめようとする。

 大胆な仕掛けがあったことも含めて、一度観ただけでは咀嚼しきれないためなかなかコメントが難しいが、演劇ドラフトグランプリで上演された作品としてジャッジを加えるとするとひとつ言えることは20分でやるには難しすぎるテーマ選択だった。

 感動したのは、普段演劇を行うような劇場よりも大きな会場であっても瞬時に完全に場を掌握した佐藤流司の見得切り力と芝居力だ。佐藤が仮面を取った瞬間に一気に空気が変わったのを感じた。照明の当て方も含めて、あの瞬間はすべてが素晴らしかった。

超MIX

演出:植木豪

脚本:畑雅文

テーマ:虹

タイトル:リューダ Luda

あらすじ:かつて人間の感情は龍神によって司られていた。穏やかに暮らしていた人間はやがて蛇神、鰐神に翻弄され争いを好むようになる。争いや貧困など苦しみ喘ぐ人間はどうなってしまうのか?

 爽やかな青春群像劇から一転ダークな世界を表現した劇団『打』に続くように、超MIXもダークファンタジー調で世界情勢や戦争や貧困を描いた作品が上演されたことに驚いた。「お祭り」的な側面の強い企画のため、メッセージ性の高い作品は少ないかと思っていた。しかし植木豪演出の醍醐味はライティングにあるから(予算の関係かお得意のレーザーがなかったのは残念ではあるが)暗めの物語が演出に合っていた。

 当然踊るだろうという役者陣を活かして存分にダンスシーンがあったのが嬉しかった。

劇団『ズッ友』

演出・脚本:松崎史也

テーマ:地図

タイトル:天を推して歩く

あらすじ:伊能忠敬が天文を学び、日本を歩き、恩師の死に悲しみ、日本地図を完成させるまでの史実を基にした物語。

 「かわいらしいおじさん」である唐橋充の魅力がコメディタッチの伊能忠敬の物語によって増幅された良い作品だった。ツイートによると、唐橋充主演で伊能忠敬の物語をやるのは座長の染谷俊之発案だそうで、チームの年長者枠の活かし方によっても他チームとの差別化を実現していたし才覚があるなと感心した。

 歴史ものだから入り込みやすいし、コメディタッチなので20分の枠に収めるための端折りがスムーズだし、すべての要素が「お祭り」的な企画に1番マッチした作品が提示されたと感じた。

 作品としての出来もさることながら、観客投票型のチーム制バトルのため「良いチーム」であることも勝負においては重要だと思うが、その点でも役者がいきいきとしている様が見て取れて素晴らしかった。

 

総評

 投票タイムに入った時、素直にその日1番楽しめたチームに入れようと考え、私は劇団『ズッ友』に投票した。

 他のチームの得票がどのようになっていたのかは開示されていないが、誰が主人公で物語の軸なのかが瞬時に解る作品が総合的な評価を得た結果なのではないだろうか。ジャンプ編集長の講評にもあったように、観客が作品に入り込むには「何に注目すべきか」を提示したほうがわかりやすい。作品がすべてわかりやすい必要はないとも思うが、短時間で多くの観客を楽しませようとするとどうしてもある程度のわかりやすさが必要になってくるだろう。その点で劇団『ズッ友』は評価されたのだと思う。

 演劇の性質として、観客のほとんどが作品に対して関心を持っていることが挙げられる。情報解禁、タイトル、大まかなあらすじや世界観を提示するポスタービジュアルなどの事前の情報を仕入れて観客は客席に座る。映画などの他の芸術鑑賞体験と比べてもチケット料金が高いからなおさら観客は好みのものを観られるように作品を選ぶだろう。しかし、演劇ドラフトグランプリでは脚本・演出・座組とテーマのみしか観客には情報が事前に与えられない。演劇が本来持つアドバンテージを捨てた状態で上演を行わなければならなかったから各チームかなり厳しかったのではないか。

 ビジュアルやあらすじをチェックして公演を楽しみに劇場へ行くところまでが本来の観劇体験なのかもしれないし、作品としても当たり前だけどちゃんと時間取って創り上げた作品の方が良い作品になるに決まってるが、主に2.5次元界隈を盛り上げる様々な個性のある演出家を集めて作品作りをするとこういう差が出るのだなというのが如実にわかった点では面白い催しだったのではないかなと思う。

 

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 マジで最高。絶対絶対続編作って欲しいので円盤買ってください。

 演出の三浦香は大きいセット展開が得意なイメージなので、あえてあまりセットに予算がかけられない演劇ドラフトグランプリに参加してみて欲しい。どのような作品に仕上がるのか気になる。