感想文としては満点

演劇と言葉あそび

『僕のヒーローアカデミア』を読む

 「ヒロアカ」こと『僕のヒーローアカデミア』。ヒロアカ史上最大の無料公開に乗じて全36巻を読んだ。最新刊まで寝不足になりながら一気に読んだのでどこまで読み込めているかは正直微妙なところだが、せっかくなので書く。というかこの作品を真っ当に批評するならアメコミの履修が不可避なのでかなり難しいと思う。

 個人的な話になるが、世の中の流れに乗ってみようと直前に『チェンソーマン』第一部を読んだのが良い読書体験に繋がったなと思っていて、『チェンソーマン』では登場人物の行動原理をおっぱい揉みたいだとかキスしたいだとかとにかくペラく描くことでこれ自体はストーリーや結果にさほど影響しないものとしているのに対して『僕のヒーローアカデミア』では登場人物の原点(本編の言葉を借りると“オリジン”)を執拗なまでに描くことで、行動原理を丹念に強調している。思わぬ形で対比が生まれ、“オリジン”こそが「ヒロアカ」のキモなのだと読むことが出来た。

 念のために言っておくが『チェンソーマン』の登場人物の行動原理はペラくていいしこれが作品を『チェンソーマン』たらしめているのではないかと思う。『チェンソーマン』について語る言葉はないが、藤原タツキが執心して描写していると指摘されている理不尽さ。例えば自己中心的な女、通り魔、災害といったようなものの前にあるものは出来るだけチンケなものの方が良いだろう。

 「ヒロアカ」は強大な敵と対峙して窮地に陥った時に、言うなれば精神論で押して無理やり勝ってしまう。本当に見事にずっと様々なキャラクターが無茶をしている。主人公は早々に腕に爆弾を抱えるし、次々にプロヒーローでさえも重傷を負い、時にはあっけなく殉職をする。ポップな絵柄の割に結構エグい。「ヒーローとは身を挺して奉仕活動をする存在だ」と徹底的に印象付けられる。

 そもそもが圧倒的な存在である平和の象徴・オールマイト引退以後の物語なので無茶することには必然性が生まれざるを得ないが、特に最終章に入るまでに勝敗を分けたのは気持ちの強さだったような気がする。これは敵も同じで、死柄木≒オール・フォー・ワンには怒りや憎しみが必要不可欠であることが示唆されている。

 ヒーローも敵(ヴィラン)も丹念にバックボーンを描いている印象から、読後すぐは「要は強大なバックボーンを持っている方が強い(=運命ガチャ)」で「夢バトル」ならぬ「オリジンバトル」の殴り合いなのだなあと感じていたのだが、特に轟家の問題の解決策、もっと言うと荼毘との対峙を含むエンデヴァーの内省に注目すると「原点とは決して覆らないもの」であるが故に「そこから先はやり直しが効くかもしれないもの」と捉えることができるのではと思い至った。

 誰かの過程こそが誰かの“オリジン”となる可能性もあるし、例えばトゥワイスはホークスに懸命に更生の道を示してもらいながらも敵(ヴィラン)としての道を進み続ける事を選んだし、「必ずしもやり直しが効く」とするものではない。とはいえ、デクがワン・フォー・オールの成り立ちから外れたところに活路を見出しつつあり、死柄木弔ともオール・フォー・ワンともつかない存在の中にある「志村」対するアプローチによってデクことワン・フォー・オールの掲げる“救けて勝つ”に相応しい「勝利」があるはずであるところからも、「志村」は“オリジン“に近しい姿(幼少期)を救けること、つまり“オリジン“から発露する感情やその後の行先は捉え方次第でどうにでも変えていけることを「ヒロアカ」は表現しようとしているのではないか。

 

 以下、特に「読み」のない感想

 それにしてもあの爆豪勝己があんなにも静かに燃ゆる男に成るとは誰が想像しただろうか。

 一見、ビクビクオドオドした“クソナード”の緑谷出久ではなく爆豪にこそ心の弱さがあるのだとする描き方の妙は凄い。堀越耕平はとにかくキャラクター造形が上手い。

 当人のたゆまぬ努力のおかげとはいえ自然と良き理解者として緑谷の隣に在る爆豪勝己が凄すぎて終盤は心の中でオカリナの名前を呼びまくってしまった*1

 逆に漫画そのものというか物語自体を描くことはそこまで上手いとは言い難く、文量も多いので読みづらい人もいるだろうなとは感じる。ただ、主人公がブツブツ喋るオタクという設定であることでモノローグの多さはクリアされているように思う。

 蛇腔病院突入時に体感突然出てくるミルコ、あまりにも初期っちゃん(初期の爆豪天上天下唯我独尊勝己さん)の匂いを感じて「作者がそんなに出したいならしょうがねぇな」と飲み込むほかなかった。

 元々17巻辺りまでは読んでたので天喰環とファットガム事務所が好きだったのだが(大阪贔屓なので)、A組・B組合同戦闘訓練での実直さに「心操人使カッコ良すぎるが……」しか言えなくなった。「敵(ヴィラン)向きの個性」であると言われながらも実は全然ヒネずにまっすぐヒーローへの憧れを持って人事を尽くせるところが良い。

それにしても30巻290話サブタイトル「ダビダンス」良すぎますね

 

*1:オカリナさんは緑谷出久くんと爆豪勝己くんの2人がお好きだそうです。兎にも角にもあの2人がお好きだそうです