ふと「今日のごっち2」のキャプチャが残っていたのを思い出し、読んでいた。その「今日ごち(2)」にファミラジを偶然聞いた友達に「いつもと声ちげー」と言われ、「どー思う?(´・_・`)」と読者に問うている文章があった。可愛い。圧倒的可愛さだ。アラサー男性の文字の打ち方とは思えない。ではどこがそんなにも可愛いのか。ハッとした、これ、昭和軽薄体だ。
昭和軽薄体(しょうわけいはくたい)とは、椎名誠や嵐山光三郎らが1970年代末から1980年代前半にかけて築きあげた、くだけた喋り口調が持ち味の饒舌な文体のこと。
昭和軽薄体の文体の形式的な特徴としては、以下のような例が挙げられる。
なお、上記の作家の文体がこれらの特徴をすべて備えているわけではない。
・口語調の文末(例:もんね)。
・長音を「ー」で表記(例:そーゆーふーに(=そういうふうに))。
・擬音語・擬態語の多用(例:ギトギト、ハフハフ)。擬音語・擬態語を続けて使うこともある(例:ハグハグモグモグ)。
・カタカナ表記の多用(例:ナリユキ(=成り行き))
・ABC文体(例:でR(=である))。もっぱら嵐山光三郎によって用いられた。
(Wikipediaより引用)
なお、NHKにて放送された「戦後ニッポンサブカルチャー史 第7回「80年代(2)“おいしい生活”って何?」」では「80年代前半に現れたくだけた喋り口調が特徴的の独特な文体」で「80年代エッセーやコラムで広く流行した」、「それまでの言葉というものを一度解体するようなインパクトを持った」とされている。
昭和軽薄体が駆使された「今日のごっち2」
では順に、本文中から例を一部挙げていきたいと思う。
①口語調の文末
「たまらんよね〜」(2014/7/3 17:35)
「観てくるよ!」(2014/7/3 18:25)
「イラつくぜ!笑」(2014/7/17)
②長音を「ー」で表記
「こーゆうのたまにやると」(2014/8/10 13:00)
「どーだったかな?」(2014/8/14 17:35)
「声ちげー」「どー思う?」(2014/8/21 18:43)
③擬音語・擬態語
「なんかこう、モワッとするよね、モワッと、」(2014/7/24 13:51)
「ちっちゃい子達がわらわら遊んでる!笑」(2014/7/27 18:11)
「バタバタしてます!笑」(2014/8/14 13:35)
④カタカナ表記の
「なんかオススメありますかね?」(2014/8/10 14:45)
「ワクワクしちゃうな〜」(2014/8/10 18:10)
「リンゴの味のする水」(2014/8/17 14:00)
⑤ABC文体
なし
昭和軽薄体と五関晃一
彼は1985年生まれであるから、エッセイから影響を受けたことは考えにくいが、昭和軽薄体ジャニーズウェブで連載中の「えび☆ブロ」の2014年9月9日の記事に
「今日のごっち」はあえてシュールな文と内容にしているんですよ[(*^3^*)]
との記述があるため、「今日のごっち2」では普段書く文章との差別化を図っている事が窺える。
「今日のごっち2」、そしてJohnny’s webの立ち位置
「今日のごっち2」が連載されていたサイトJohnny’s webは月額制のサイトで、毎月課金することでジャニーズ事務所所属のタレントのブログを読むことが出来る。アイドルの書くブログには大きく分けて2つの意味がある。ひとつはファン以外への情報発信だ。テレビや雑誌や会話の最中、現代では気になったことはいつでもスマートフォンでインターネット検索ができる。公式サイトでは発信しきれないタレントの活動や人となりがブログで知ることが出来る。もうひとつはファンへの情報発信だ。Johnny’s webは登録しないと閲覧することが出来ないので多くの閲覧者はファン、つまり「今日のごっち2」は後者の役割のみを果たすことになる。
また、「今日のごっち2」は特に「えび☆ブロ」とは異なり、更新頻度が高く、特にファンサービスとしての役割を多く担っている。
ファン以外への情報発信であれば誰にとっても読みやすい文体を心掛けるべきだが、そうではないため、「今日のごっち2」では「シュールな」文体に、つまり昭和軽薄体が用いられているのではないだろうか。
また、「今日のごっち2」は日常を綴ることでファンに身近さを感じさせ、親しみをもたせることを意図しているのではないかと考えられる。昭和軽薄体を用いることで親しみやすい文章になっている。更に、五関晃一は普段からくだけた口調で話すことが多く、普段の口調と文体を近付けることにより、より親しみをもたせることに成功しているのではないだろうか。
五関晃一の言語感覚の優秀さ
「それまでの言葉というものを一度解体するようなインパクトを持った」とされている昭和軽薄体を知らないうちに「シュールな」ものとして扱い、また、ブログの意図を汲み文体を変える五関の言語感覚は(実は)優れているのではないか、と考えられる。