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正しい偶像理論

見とめたもの全て記録したい

2.5と3のはざま

 最近はハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」に通う日々です。大阪公演はあと半分くらい。寂しく感じつつも忙しなく頭を働かせているので、早く休みたいという気持ちもあり、幸せな悲鳴をあげています。(というわけでここ2日間はおやすみしている!)今回の本題はシアターBRAVA!に通っている中で、劇場で感じる違和感について。はじめに前置きしておきますが、私は学級会を開きたいわけでもなく、討論したいわけでもなく、ただこういう違和感を感じたよってことを残したいだけであるということです。

 なんとなく肌で感じるレベルである時もあれば、本当に邪魔だなと思うこともあるのだけれど、とにかく劇場の雰囲気がガヤガヤしている印象がある。開演する前から違和感は感じていたけれど、それは開演前のことなので、誰にも何を言う権利もないのでここでは言及なしにしておく。しかし開演してからもなんとなく、アットホーム過ぎるというか。実際、笑い声が舞台の進行の妨げになっていると感じることが数箇所あった。
 特に話の本筋と関係なく行われている、所謂“小ネタ”のようなところでは、ストーリーの展開に差し障りがあるから極力声を抑えて欲しいと思っている。演者がなんとか流れを引き戻そうとしている様は観ていてなんとも言えない気持ちになる。
 コミカルな作りにしている場面についても、笑いは一瞬ある程度は良いとしても、声が大きいし、引きが悪いなと思っていて、なんとなく次の場面が締まらないことが残念でならない。加えて、本作は喜劇ではないので、面白いところは全力で笑った方が役者もやりやすいという意見も理解出来るけれど、数人の役者が笑いどころを自信を持ってやることが出来る環境をつくるよりも全体の流れを重視したいと、私は、あくまで私は思っている、
 極め付けは初日の及川徹の客席降りシーンで、「及川さーん」と呼ぶ観客がいたこと。これに関しては私は正直ドン引きした。これに対する肯定派がいること自体に非常に驚いたのだが、場によって様々な人がいるのもまた事実であるということも受け止めている。2〜3次元のファンが密集しているのだものなぁ、と。ただ、私は観劇を基本的に与えられるものだと思っているから、演者に何かを与えたいと思わないし、与えられると思っていないから出来る限りアクションは避けたいと思っている。勿論劇場にいるひとりとして空気作りには協力したいと思っているけれど、思わず漏れてしまう笑い、拍手以上の何かをしたいと思わない。加えて、肯定派の言い分が「ダメと言われないからダメじゃない」というのも気になっている。何か特別なアクションを観客に求める際は興行からアナウンスがある場合もあることを知っているから、ダメと言われていないけど、じゃあ良いよっていつ言われたのだろうと、いくら頭がカタいと思われようとも、そう思っている。
 「笑い」に関しても役名を叫ぶことに関しても、肯定派もいるし否定派もいるけれど、これは観劇スタンスの違いなのだろうと思っている。視点は個人に委ねられるべきで、物語そのものを楽しみにして劇場に行くのか、それとも小ネタを楽しみにして行くのか、あるいはキャストそのものなのかっていう違いは個々にあるはずで、しかもそれは0か100かって分けられるものでもないから難しいところではあるけれど、私は、特にこのハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」に関しては、演劇として質の高いものだと思っているから、演劇そのものとして受け止めたいと思っていて、しかしそうではない人もいて、じゃあどう共存していけば良いのだろうと考えている。答えは見つからなくてモヤモヤしたままだ。
 
BGM:「僕とどうぞ」/GOODWARP