感想文としては満点

演劇と言葉あそび

【本日の現場】ラスト・ナイト・エンド・ファースト・モーニング

2018年5月16日 @HEP HALL

 記憶と記録に関する物語。記憶は不確かで、眠れない夜のように、あるいは起きられない朝のようにただそこらを揺蕩う。例えば今が朝の4時だとして、あるひとつの視点から見れば“今”は「眠れない夜」の一瞬であり、また別の視点から見れば“今”は「起きられない朝」という時間だ。どちらも間違いはなく、数字でさえ、客観的な情報でさえ、見る人によって意味が揺らぐ不確かさを多分に含んだ形の定まらない情報だ。そんな不確かさを含む情報に振り回される人びとの物語。

 「知らないこと」を知ってしまうことは悲しいことだなと思い、悲しい気持ちになっていたら永島敬三演じる温森春男がハラハラと涙を流していたのが印象的だった。世の中の大体のことは、知っているか、知らないことすら知らないことが幸せで、ベストな状態だと思う。知らないこと、忘れていることは存在しないも同じだからだ。

 良く言えば不思議なバランス感覚で積み上げられた芸術であるとも言えるし、悪く言えば不気味さも怖さも、そして言葉遊びについてもあと一歩足りないと感じる物足りなさがあった演劇だった。