感想文としては満点

僕が僕らしいまま君を好きで良かった!

お気持ち表明

 前回の記事がかなり拡散され、お題箱にも様々な意見や感想が寄せられました。Twitterでどれも丁寧にお応えさせていただき、必要に思われる補足はしてきたつもりです。ですがそろそろ、ブログのことはブログでカタをつけようと思います。これ以降に寄せられたこの話題に関するお題について私は目を通しますが、返信いたしません。今まではしていませんでしたが、悪意のあるものだと感じた場合にはその方からの投稿を拒否させていただきます。

 何故かというと、多くはなくてもわたしのことを大切に思ってくれている人たちがいるからです。わたしが一番大切にしたいのはそういう人たちだからです。もしわたしの大切な人たちが今のわたしみたいな状況になっていたら悲しい。わたしはわたしを大切に思ってくれる大切な人たちを悲しませなくないからこの選択をします。それに、これ以上の責任をわたしが取れるとは思えないからでもあります。自由には責任がつきまとうものだと言います。わたしはわたしなりの美学を持って、少なくともブログ上では過ぎた偏見や悪意はなく、その人そのものではなくその技術や才能に対して、主語が大きくならないようあくまでわたしの言葉として、独立したひとつの記事で過不足なく美しい体裁で、わたしの感情を書き留めてきたつもりでした。これだけのことをわたしは遂行してきたと思っています。以上のことで、わたしは自由にものを書くための責任を取っていたつもりです。それでも至らなかったところがあったのだろうといただいたご意見に対して真摯に応えてきました。でも、段々と、わたしがやっていることは必要以上に責任を取らされているだけのように思えてきました。大衆のみなさん、これ以上、わたしにどんな責任を求めるんですか? だから、これ以降この話題に関するお題には答えません。

 わたしはわたしです。ずっとこうです。舞台を観て良いと思ったところを良かったと書き、良くないと思ったところは良くなかったと書いてきました。いままでもこれからもそうです。今までに出会ったわたしを幸せにしてくれた素敵な舞台をわたしが言葉を尽くして讃えた記事が拡散されて「八王子ゾンビーズ」の記事のように多くの人に読んでもらえて、みんながハッピーになってくれればどんなに幸せだっただろうと思います。なんだかうまくいかないなと思います。残念なことです。

 今回「八王子ゾンビーズ」の感想記事がこんなに拡散されたのにはいくつかの理由があると思います。わたしにその要因を責める権利はないです。ここまで拡散したことが想定外であったとはいえインターネットに載せたものである以上、世界中の方から見られる覚悟が必要でした。しかし、正直なところわたしの記事のせいで誰かのネガティブな感情が生まれることは不本意なことでした。あの舞台を観てわたしと同じように感じられた方が共感することは大いに考えられることです。逆にそうは感じなかった方には理解できない考えだったかもしれなかったですね。それだけです。それだけのことだったはずなのに、この舞台を観たこともない方がこの舞台や脚本家にネガティブな感情を抱くことになってしまいました。世に出したものである限りは受け取り手が抱く感情もその反応も受け取り手の自由です。それでも個人的には望んだ反応ではなかった。それをわたしが望んだことのように思われるのは嫌だなあと思いました。

 正直なところ、ズルいなと思う反応も多くありました。わたしを盾にして脚本家や舞台に対して石を投げているように少なくともわたしには感じる人を沢山目にしました。舞台を観てもいないのに更に遠くから石を投げる人もいた。その石が跳ね返ってくるとしたらわたしに返ってくるのに。石を投げた人の責任の全てをわたしは背負いきれないです。当たり前のことです。誰かをダシにして自分で何かを主張している気になっている人たちのことをわたしは本当にズルいなって思います。

 わたしの感情はわたしのものです。誰の手によっても変えられないし、誰かのものにもなり得ないです。だからわたしは攻撃されたとしてもあの感想を取り消したり変更したりすることはありません。加えて、誰かの代弁者にもなり得ないです。だれかのために/代わりに何かを主張したり戦ったりしません。勝手にそういう存在にしないでください。何かを主張したい方はきちんと自分の感情としてそれを表明してください。あなたの感情はあなたのものなので、あなたの責任であなたの感情を守って育てて必要があれば発信してください。わたしは必要以上にいい人ぶったり、逆にものすごく悪意を持った人間にもなりません。そして、この世界中の誰も、そのいずれかをわたしに求める権利はないです。アイドルでも政治家でもない一般人になんらかの在り方を求めることはおかしなことだと自覚してください。

 

 

 わたしは、わたしが美しいと思った形に仕上げた記事を、それとしてそのまま飾っていたかったです。

 おしまい。