正しい偶像理論

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スーベニア〜騒音の歌姫〜

2016年3月10日「スーベニア〜騒音の歌姫〜」昼公演@サンケイホールブリーゼ
 「ファウスト〜最後の聖戦〜」製作陣による舞台。わかっていながらもどうしても大我くんの演技をちゃんと観てみたくて観に行ったのだが、幕間の時点で既に後悔していた。
 ファウストの時も感じたのだけれど、この製作陣は説得力を持たせるのが下手くそだなと思う。軸の必然性があれば多少の粗くらい気にならないくらい夢中になれるのに、それがないのだ。俳優の技量もあるだろうけれど、本が良くなければ演技の力は活きないだろう。彼らはいつも言葉足らずであるし、プロセスを蔑ろにするのが得意だ。
 物語のテーマは実在の歌手フローレンス・フォスター・ジェンキンスから伝わる「音楽」の素晴らしさ、或いはその人そのものの魅力のはずなのだけれど、まず第一にジェンキンスの魅力が伝わってこない。かなりの音痴であるにも関わらず、歌手になるという夢を持った金持ちの道楽に嫌々ながらも付き合っていた周囲の人間が、ジェンキンスの音楽に取り組む姿勢に次第に心打たれ、全力で彼女をサポートするようになるというストーリーだが、いくら本人に音痴の自覚がないにせよ、真剣に音楽に取り組んでいたにせよ、彼女自身に多分の魅力が無ければ周囲の人間が彼女についていくとは思えない。そして、彼女のように周囲の人間さえも虜に出来ない人間が、観客を虜に出来るはずはなく、観客はただただ下手に歌われる楽曲を聴かなければいけない。そんな苦痛な時間がこの舞台の大部分を占めていた。欲しいのはこんな不快にしかならないシーンではなく、もっと人間味溢れたキュートなジェンキンスが描かれているシーンだった。

 また、ジェニス・シンプソンまでも知らないうちにジェンキンスに魅了されていたのだが、商業的にライバルである彼女がジェンキンスに心打たれるシーンこそ、彼女の魅力を効果的に知らせることが出来る絶好のチャンスだったんじゃなかろうか、そんなシーンが欲しかった。

 コスメ・マクムーンを演じるオレノグラフティの演技はとてもキュートで心惹かれた。だからこそなおジェンキンスに振り回されるコスメが可哀想でつらかった。